作り手インタビュー Interview

作り手平川 慧

平川慧
「のしろの
たからもの」

「この作品に出会ってしまった」

「能代のまちの人たちが、絵を通して慧のことを受け入れてくださった気がします」 そう語る、慧さんの母・幸子さんにご紹介いただき、能代市にあるはかり店の店主・平山はるみさんを訪ねた。

「度量衡」の重厚な看板がお出迎え!
店主の平山はるみさんが明るく迎えてくださった

創業は明治元年。店内は計る・測る・量るなど、「はかるもの」が整然と並ぶ。天秤や分銅、ものさし、定規、砂時計、ビーカーやフラスコなどのはかる道具はもちろん、マスのお人形やちょこっと定規代わりになる手ぬぐい、なんていうウィットに富んだものまで。

ユニークな店内を楽しく見て回るうちに、ふと目をあげると慧さんの点描画が飾られているのに目が止まる。

店内の目立つところに慧さんのミニギャラリーが

「私からイメージをお伝えすると、慧くんのお母さんが季節ごとに絵を持ってきてくださるようになって。今はこの絵ですね」
と平山さん。慧さんの絵を飾るきっかけは、平山さんが企画した「まちなか美術展(2009-2019)にあったという。
「うちの上の子が通っていた支援学校で、この作品に出会ってしまったんです」
そう言いながら、平山さんがちょっと奥まったところに置いてあるオブジェを見せてくれた。

木っ端や木の枝を組み合わせて作られたオブジェ。ネズミのようでもあるし、クマのようにも見える

「なんだと思います? これは『ねずみペンギン』っていうんですって。これを初めて見たときの衝撃は今でも忘れられません」
と平山さんは目を輝かせる。これは、2009年当時の能代支援学校の生徒の作品。その後10年続く「まちなか美術展」のマスコットキャラクターにもなったエポックメイキングな作品だ。

絵は、一人で描いているんじゃない

この作品の素晴らしさをもっとたくさんの人に見てもらいたい。その平山さん個人の熱い思いはやがて、はかり店がある上町通りのほか、能代の商店街である西大通り、柳町のショーウインドーや店舗内に地域の子どもたちの絵を展示して、まち歩きを楽しんでもらう企画「まちなか美術展」に発展していく。
「自分がまちあるきの企画を企画するなんて、思ってもみなかった。でも『ねずみペンギン』を見てから、気づいたらもう動き始めてしまっていたんですよね。助けてくださったのは、上町すみれ会・西大通り商店会・柳町女性会といった商店街の女性たちとのつながり。それに企画やパンフレットにアドバイスをくださった画家の金谷真さんなど、身近にスペシャリストがいたからできたんだと思います」 と平山さんは振り返る。

「まちなか美術展」のチラシ制作で、平山さんも人生初の版画に挑戦したそう

突き動かされるように始めた個人の動きが、共感を呼び、人と人とのつながりを通じて、その後10年にわたるまちをあげてのアートイベントに発展していったのだ。

10年間、「まちなか美術展」を運営し、障がいの有無の隔てなく地域の子どもたちのアート作品に触れてきた平山さんだからこそ、「絵ってどういうふうに考えたらいいんだろう」と思うときがあるという。

「絵は一人で描いてるんじゃないっていう気がする」と話す平山さん

「気持ちって言葉にしなくても伝わるから、先生や親の働きかけの影響はすごいと感じた10年間でもありました。絵ってたしかにその子の作品ではあるんだけど、一人で描いてるんじゃないっていう気がするときもあって」
10年間の「まちなか美術展」を振り返りながらもの思いにふけるような目をした平山さんはこう続けた。
「慧くんはお母さん思いの優しい子。絵もずっとお母さんと一緒に描いている感じがあったかもしれないですね。幸子さんの入院を機に作風ががらりと変わったでしょう? これまでの作品も大好きだけど、今の作品を見ると、慧くんは大丈夫、という感じが、私にはするんですよね。」

はじまりの、「まちなか美術展」

慧さんを平山さんに紹介したのが、コミュニティースペースを運営する能登祐子さんだ。

コミュニティスペースを運営する能登祐子さん

コミュニティスペースにも、能登さんの夫が経営する歯科医院にも、慧さんの点描が飾られている。

明るい色の点描画は気持ちを明るくしてくれる
能登さんの夫が営む歯科医院の待合室にも慧さんの絵が
この額装されたものは慧くんのお母さんの幸子さんが持ってこられたんですよ」と能登さん
コミュニティースペース運営にあたり、広く開かれた場を作ることに心を砕いてきた能登さん

「平山さんが『まちなか美術展』をやりたいと聞いたので、すぐに慧くんを紹介しました」と能登さん。2009年当時は慧さんの最初期の作品で、シールアートが中心だったそう。それも制作というよりも、慧さんが落ち着くためにタックシールを並べて貼る作業をしていたという感じだったという。
初期の「まちなか美術展」で慧さんのシールアートを見た画家金谷真さんが、「シールは色が最初から決まっているから、せっかくなら慧くんが自分で色を選んで、筆で描いたら」とアドバイス、その後の点描画が生まれたことは「会いたくなる人」でも触れたとおり。点描画に移行してからの慧さんの作品は、「まちなか美術展」をきっかけに多くの人の目に触れることになる。慧さんの作風にオマージュした作品を地元の支援学校美術部や幼稚園・保育園の子どもたちが制作したり、ショートステイに通う高齢者がシールアートのガーランド(壁飾り)をつくったりと、慧さんの作品が能代のまちにあふれ出し、目に触れるばかりでなく多くの人の交流と笑顔を生み出した。そのすべてのはじまりが、「まちなか美術展」だったのだ。
(第8回「まちなか美術展」の様子は、平山はるみさんのブログ「能代市はかり屋はるちゃんのまちなか歳時紀」も合わせてご覧ください。)
能登さんの運営するコミュニティスペースでは併設されたアトリエで慧さんを中心にしたシールアート交流会を開催したり、能代支援学校の生徒さんたちがカフェで就労体験をする「木曜カフェ」という取り組みなども行っている。

コミュニティーカフェに併設されたアトリエでは不定期で慧さんと希望者が集うシールアート交流会を開催している
能代支援学校の生徒の就労体験として「木曜カフェ」を行ったり、商品を販売したりしている

能登さんは慧さんの絵が能代のまちに広がっていることについてこう話す。 「慧くんの絵はすばらしいですよ。あの感性は彼ならではのもの。でも同じぐらい、お母さんの幸子さんの働きがすばらしいです。幸子さんのおかげで、まちの人みんなが慧くんの絵を目にする機会が増えたわけでしょう。あるときね、幸子さんが、いぶりがっこを持って歩いてるっていうんですよ。『慧が迷惑をかけたときに渡せるように』って。いろいろなご苦労があったでしょうけれど、ああ、優しい心くばりの人だなぁ~っていつも思います。そのいぶりがっこがあんまりおいしくて、うちでも同じものを販売させてもらっているんですよ!」

「これ、慧くんが描いてくれたの。私なんだって!」と額装した慧さんの作品をうれしそうに見せてくれた

明るく大きく笑う能登さん。分け隔てのないフラットな感覚で、まちづくりを引っ張るリーダー的存在だ。

未来から託されている今がある

平山さんの店に偶然立ち寄った方に「平川慧さんの作品の取材をしています」と話したら、「うちにも大きい作品が飾ってあるからぜひお寄りください」と言ってくださったのが、不動産業を営む安岡里江さんだった。

たまたま店に立ち寄った安岡さん(左)の営む不動産屋さんにも慧くんの絵があるそう

西大通り商店会として、平山さんとともに「まちなか美術展」を運営してきたメンバーの一人だという。

安岡里江さん
不動産会社の応接間に慧さんの作品が

多くのお客さんが応接室に出入りするが、その多くが「ああ、平川慧さんの作品ですね」と言うという。

「それだけ慧くんの絵を幸子さんが大事にまちに広めていったということでしょうね」
と感慨深げに語る安岡さんはこうも話した。
「幸子さんが体を壊したこともあって、心配のあまり“頑張りすぎだ”っていう人も周囲にいますでしょう。確かにそうかもしれないけど、私、なんだかね、幸子さんは慧くんに託された未来のために今を一生懸命に生きていることで、元気をもらっているっていう部分もあるような気がするんです」。

絵の裏には母・幸子さんが記録したと思われる作品の制作年や何作目かといった情報が手書きで書かれている

そう言われて、改めて幸子さんの次の言葉を思い出した。
「私、これまでずっと“慧より長生きしなければ”と思い込んできたんですよ」。
そのことを安岡さんに話すと、安岡さんは静かにこう言った。

未来から託されているから、今の命があると思うことがあると話す安岡さん

「未来から託されている今があるから、頑張れるっていうことって確かにあるんです。私も以前に乳がんをやって、“ああ、来年の桜はもう見られないのかも”なんて思ったこともあったからなおのことそう感じるのかもしれません。幸子さんは病を得たからこそ、これまで以上に慧くんから力をもらっているんだと思う。そして、慧くんもそのことをよくわかっているのじゃないかしら」。

未来から託されている今があるから、頑張れる

「のしろのたからもの」

幸子さんに「慧の絵を包装紙に採用してくれたお店が能代にあるんです」と聞いて訪れたのが、能代市内にあるドライフルーツとナッツの店だ。
迎えてくださったのは、高濱遼平さんと奈保子さん。

高濱遼平さんと奈保子さん夫妻。慧さんの作品にはほとんど一目惚れだったそう

「慧くんの絵に初めて出会ったのは、2017年の『まちなか美術展』でした。能登さんが運営するコミュニティスペースに慧くんの絵が飾ってあって」
と遼平さん。奈保子さんもうなずきながら
「色使いがすばらしいのと、そのときの自分の気持ちによっても見え方は違うし、人によっても見え方が違う、不思議と惹きつけられる絵だと思いました」
と話す。その場にいた幸子さんに慧さんの絵を店内に飾りたいと申し出たところ、快諾。
「置いた瞬間、もう、何年も前から飾っていたかのように空間と調和していました」 と二人は口を揃える。

壁にかかった慧さんの作品と、プレゼント用のラッピング

まちゆく人たちからも
「店の雰囲気とぴったりですね」
「誰の絵ですか?」
「あ!これ、慧くんの絵だよね!うちにも飾ってるよ」
など声をかけられることが増えたそう。

その2年後、ショップのデザインディレクションを担当しているデザイナーの澁谷和之さんが慧さんの絵に目を留めたことから、包装紙に採用されることになった。

4種のパターンを1枚の包装紙に

遼平さんはこう話す。
「慧くんの絵って『のしろのたからもの』だと思ったんです。中心に点描を描く慧くんがいてその周りに、思う存分絵を描かせてあげるお母さんの幸子さんとお父さん、慧くんに筆を持たせて導いた金谷さん、そして能登さんや平山さんをはじめ、絵を展示し、多くの人の目に触れ、慧くんの個性が輝いていったことを思うと、本当に『のしろのたからもの』だなって」。

慧さんの絵は慧さんの居場所をつくり、その場所はどんな人も受け入れてくれるような温かな場所になっている。
「のしろのたからもの」。
この言葉に深く納得するだけのものが、このまちには確かにある。ゆるやかで、穏やかで、同時に切実でもあり、とてつもなく深い愛が。能代のまちにあふれる慧さんの絵は、この強い気持ちを見る人にいつでも思い起こさせてくれるのだ。

文:三谷 葵(ユカリロ編集部)
写真:高橋 希(ユカリロ編集部)
編集:ユカリロ編集部

作り手平川 慧

ひらかわ けい

1985年秋田県能代市生まれ。10代後半でタックラベルを使ったシールアートを始め、次第にアクリル絵の具による点描画を描くようになる。「まちなか美術展(2009-2019)」、「はだしのこころ(2016-)」などに出展。

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